はじめに
「公務員は安定」
この言葉を、これまで何度言われてきたか分かりません。そのたびに僕は、愛想笑いを浮かべながら、心の中では言葉にできないモヤモヤを抱えていました。今振り返れば、あの頃の自分に必要だったのは、励ましの言葉よりも、正直な気持ちを話せる場所だったのかもしれません。
安定していることは事実です。給料は毎月確実に振り込まれ、倒産のリスクもない。それでも僕は、地方公務員として働きながら、「このまま働き続けていいのだろうか」と、本気で辞めることを考えた時期がありました。周りからは順調に見えていたであろう当時の僕の内側では、誰にも打ち明けられない葛藤が、静かに、しかし確実に膨らみ続けていたのです。仕事中に見せていた表情と、家に帰ってから一人になった時の表情には、自分でも驚くほどの落差があったことを、今でもはっきりと覚えています。
今回は、そんな僕自身の実体験をもとに、「地方公務員を辞めようと思った本当の理由」について、できるだけ正直にお話ししていきたいと思います。きれいごとではなく、当時感じていたリアルな感情を、包み隠さず言葉にしていきます。 同じような違和感を抱えている方には、きっと共感してもらえる部分があるはずです。この記事を読み進める中で、「自分だけじゃなかったんだ」と、少しでも心が軽くなる瞬間があれば嬉しく思います。
1. 「安定していて羨ましい」と言われるたびに感じた違和感
① 周囲からのイメージと、実際の内側の温度差
友人や親戚と話すたびに、「公務員は安定していて羨ましい」という言葉を、何度もかけられてきました。
もちろん、その言葉を否定するつもりはありません。しかし、外から見える「安定」というイメージと、内側で実際に働いている僕自身が感じていた感覚には、大きな温度差がありました。 安定しているからこそ抱える悩みや、閉塞感というものが、確かに存在していたのです。
「安定していて羨ましい」と言われるたびに、僕はどこか複雑な気持ちになっていました。表面的には「そうだね」と笑顔で返しながらも、心の中では、「安定の裏側にある閉塞感を、この人は知らないのだろうな」という孤独感にも似た感情が、静かに広がっていくのを感じていました。
この温度差に、誰にも本音を打ち明けられずにいたことが、当時の僕にとって、地味に、しかし確実に、心をすり減らしていく要因になっていました。誰かに相談すればよかったのかもしれませんが、当時の僕には、その一歩を踏み出す勇気すら持てずにいたのです。
② 我慢して働き続けることが「美徳」とされる空気
公務員の職場には、「不満があっても、我慢して働き続けることが美徳」とされるような、独特の空気感がありました。
「公務員なんだから、これくらい我慢して当然」「安定した仕事があるだけありがたいと思え」。こうした言葉を、直接的にも、間接的にも、何度も耳にしてきました。この空気感の中では、モヤモヤした気持ちを口に出すこと自体が、どこかタブーのように感じられていたのです。
同僚に少しでも弱音をこぼそうものなら、「贅沢な悩みだ」「もっと大変な仕事はいくらでもある」という反応が返ってくることも少なくありませんでした。周囲の誰かに本音を打ち明けても、理解してもらえないかもしれないという不安が、僕自身の口をさらに重くしていったのだと思います。
だからこそ、当時の僕は、自分の中の違和感に蓋をし続けていました。しかし、この蓋は、いつまでも閉じたままではいられませんでした。
2. 理由①:年功序列に感じた強い違和感
① 成果を出しても評価が「経験年数」に上書きされる現実
僕が最初に強い違和感を覚えたのは、年功序列という仕組みそのものでした。
どれだけ業務で成果を出しても、どれだけ工夫を重ねて効率化を図っても、その努力が「経験年数」という大きな枠組みの前では簡単に上書きされてしまう現実を、何度も目の当たりにしてきました。
自分よりも経験年数の浅い後輩が、明らかに高い成果を出していても、待遇や評価という点では、経験年数が長いというだけの理由で、僕自身のほうが優遇される場面がありました。逆に、自分よりも仕事ができていないと感じる先輩が、経験年数だけを理由に、僕よりも高い評価を受けている場面も、少なからず目にしてきました。この構造に、「果たして自分の頑張りには、どれほどの意味があるのだろうか」という虚しさを感じずにはいられませんでした。
ある業務改善の提案を上司に持ちかけた時のことです。内容自体は好意的に受け止めてもらえたものの、実際にその提案が評価や待遇に反映されることはありませんでした。頑張りが正当に報われないという感覚は、想像していた以上に、日々のモチベーションを静かに蝕んでいくのだと、この時初めて実感しました。
② 頑張っている人も、そうでない人も、同じように昇給していく違和感
さらに違和感を強めたのが、頑張って成果を出している人も、最低限の業務しかこなしていない人も、ほとんど変わらないペースで昇給していくという現実でした。
もちろん、勤務評定という仕組みは存在します。しかし、実際の給与への反映度合いは、多くの人が想像するよりもずっと小さいものでした。「頑張っても頑張らなくても、そこまで大きな差がつかないのなら、無理に頑張る意味はあるのだろうか」。そんな思考が、ふとした瞬間に頭をよぎるようになっていったのです。
周囲を見渡しても、必要最低限の業務だけをこなし、定時になれば真っ先に帰っていく先輩と、休日出勤も厭わず業務に取り組む同僚とで、給与面での差がほとんどないという現実を、何度も目の当たりにしました。この構造の中で真面目に努力し続けることの意味を、当時の僕は見失いかけていたのだと思います。
この違和感は、日々の業務へのモチベーションを、少しずつ、しかし確実に削っていきました。
3. 理由②:給料の上がり幅の小ささに将来が見えなくなった
① 定期昇給の実態、思っていたより小さかった伸び
入庁前は、「毎年きちんと昇給していく」という公務員のイメージに、漠然とした安心感を抱いていました。
しかし実際に働き始めてみると、定期昇給による給与の伸び幅は、想像していたよりもはるかに小さいものでした。給与明細を見比べても、前年からの変化はごくわずかで、「これが何十年も続いていくのか」と思うと、正直なところ、将来への希望よりも、漠然とした不安のほうが大きく膨らんでいきました。
もちろん、生活が困窮するような給与ではありません。しかし、「頑張れば頑張るほど、それに見合うだけの報酬が得られる」という実感を、なかなか持つことができなかったのです。年に一度、給与明細の号給が一つ上がったことを確認するたびに、「この小さな変化の積み重ねだけで、本当に自分の望むような将来を描けるのだろうか」という不安が、頭の中で膨らんでいきました。
② 同世代の民間の友人との差を意識してしまった瞬間
この不安が決定的になったのは、同世代で民間企業に勤める友人と、給与や待遇の話をした時でした。
成果を出した分だけインセンティブが上乗せされ、昇進のスピードも速い友人の話を聞くたびに、自分の給与の伸びの緩やかさとの差を、意識せずにはいられませんでした。「同じように努力しているはずなのに、なぜこんなにも差がついてしまうのだろう」。この問いが、頭の中を何度もぐるぐると巡るようになっていきました。
久しぶりに集まった同窓会で、友人たちの給与や待遇の話を聞いた帰り道、電車の中で一人、複雑な気持ちを抱えていたのを、今でも鮮明に覚えています。羨ましいというよりも、「このままの環境にい続けて、本当にいいのだろうか」という焦りに近い感情でした。
この経験は、僕自身のキャリアに対する考え方を、根本から見つめ直すきっかけになりました。給与という分かりやすい数字を通じて、自分の努力の方向性そのものを疑い始めたのも、ちょうどこの頃だったと記憶しています。
4. 理由③:同じことの繰り返しで、成長している実感がなかった
① マニュアル通りの業務がルーティン化していく毎日
もう一つ、僕を辞めたいという気持ちに向かわせたのが、「同じことの繰り返し」による、成長実感の欠如でした。
行政の仕事の多くは、決められた手順やマニュアルに沿って、正確に業務を遂行することが求められます。もちろん、これは行政サービスの公平性を保つうえで非常に重要な仕組みです。しかし、日々の業務がルーティン化していく中で、「自分は本当にこの仕事を通じて成長できているのだろうか」という疑問が、次第に大きくなっていきました。
毎日同じような書類を処理し、同じような問い合わせに対応する。もちろんそれぞれの案件には違いがありますが、大きな枠組みで見れば、日々の業務は驚くほど似通っていました。 入庁当初こそ、覚えることも多く、日々の業務に新鮮な緊張感がありました。しかし、業務に慣れてくるにつれて、その緊張感は薄れ、代わりに「これは半年前にも、一年前にもやった作業だ」という感覚が、日常の大半を占めるようになっていったのです。
② 「このまま10年経っても、今と同じ景色なのでは」という恐怖
この「繰り返し」の感覚が積み重なったある日、僕はふと、「このまま10年、20年と働き続けても、今と大して変わらない景色を見続けているのではないか」という恐怖に襲われました。
新しいスキルを身につけている実感もなく、担当業務が変わっても、根本的な仕事の進め方は大きく変わらない。この「変化のなさ」こそが、当時の僕にとって、何よりも大きな焦りの原因だったのだと、今振り返るとはっきり分かります。
先輩職員を見ていても、10年、20年というキャリアを積み重ねてきたにもかかわらず、日々の業務の進め方は入庁当初とそれほど変わっていないように見える場面が、正直なところ少なくありませんでした。「自分もいずれ、あの先輩たちと同じように、変わらない毎日を送るようになるのだろうか」と考えた時、背筋がひやりとするような感覚を覚えたことを、今でもよく覚えています。
安定した環境にいながら、心のどこかでは、常に焦燥感を抱えている。この矛盾した感覚こそが、「辞めたい」という気持ちの、一番の根っこにあったのだと思います。
5. これらの違和感が積み重なって「辞めたい」という気持ちに変わった瞬間
① ある日の何気ない出来事がきっかけになった
年功序列への違和感、給料の伸び幅への不安、成長実感のなさ。これらの小さな違和感は、一つひとつは決して致命的なものではありませんでした。 しかし、それらが日々の中で少しずつ積み重なっていったある日、ふとした何気ない出来事がきっかけとなり、「このままではいけない」という思いが、はっきりとした形を持つようになりました。
いつもと変わらない一日の業務を終え、帰り道を歩いている時、ふと「自分はこの仕事を通じて、本当に何を得ているのだろうか」と、自分自身に問いかけている自分がいました。この問いに、すぐには答えが見つからなかったことが、僕にとって一番の衝撃でした。
その日の夜、いつものように帰宅してから、ふと数年前の自分と今の自分を比べてみようと思い立ちました。スキル面でも、考え方の面でも、驚くほど変化がないことに気づいた時、「このままではいけない」という感覚が、頭の中でようやく明確な言葉として形になったのを覚えています。それは決して劇的な出来事ではなく、静かな、しかし確かな気づきでした。
6. 「辞めたい」と思った後、僕がとった行動
① 感情のまま辞めるのではなく、まず立ち止まった
「辞めたい」という気持ちがはっきりと自覚された後も、僕はすぐに退職を決断したわけではありませんでした。
感情の勢いだけで大きな決断を下すことの危うさを、頭のどこかで理解していたからです。まずは、自分が抱えている違和感の正体を、一つひとつ丁寧に見つめ直すことから始めました。勢いで退職届を出してしまえば、一時的にはスッキリするかもしれません。しかし、その後の生活やキャリアに対する具体的な見通しがないまま行動してしまえば、また別の形で後悔することになりかねないと、当時の僕は考えていました。
② 違和感の正体を一つずつ言語化していった
年功序列への違和感、給料の伸び幅への不安、成長実感のなさ。これらの感情を、ノートに書き出しながら、一つずつ言語化していく作業を続けました。
漠然とした「辞めたい」という気持ちを、具体的な言葉に落とし込んでいくことで、少しずつ自分自身の本当の望みが見えてくるようになりました。この言語化の作業こそが、その後の自分のキャリアを見つめ直すうえで、最も重要なプロセスだったと、今振り返ってはっきりと言うことができます。
書き出した言葉を眺めながら、「自分は何が嫌なのか」だけでなく、「自分は本当は何を求めているのか」という問いにも、少しずつ向き合っていきました。違和感の正体が明確になるほど、次にどう動くべきかという道筋も、自然と見えてくるようになっていったのです。夜、静かな部屋で一人ノートに向き合っていた時間は、当時の僕にとって、何よりも大切な自己対話の時間でした。
7. これを読んでいるあなたへ
もし今、あなたが同じような違和感を抱えているなら、まず伝えたいのは、「その違和感は、決して甘えではない」ということです。
年功序列に納得できないこと、給料の伸びに不安を感じること、成長実感が持てずに焦りを感じること。これらはすべて、真剣に自分のキャリアと向き合っているからこそ生まれる、自然な感情です。この違和感を無視して押し殺し続けることのほうが、長期的には自分自身を苦しめてしまうのだと、当時の自分を振り返って強く感じています。
「公務員なんだから」「安定しているだけありがたい」という言葉に、自分の感情を無理やり押し込めようとしなくても大丈夫です。あなたが感じている違和感は、あなた自身にしか分からない、確かなサインなのです。周囲の誰かがどう思うかよりも、まずは自分自身がその違和感とどう向き合っていくかを、大切にしてほしいと思います。
大切なのは、この違和感を感情のまま爆発させて衝動的に辞めることでも、ひたすら我慢し続けることでもありません。自分自身の違和感の正体を丁寧に見つめ直し、そのうえで、これからどう生きていきたいのかを、じっくりと考えていくことです。この過程に、決して近道はありません。しかし、時間をかけてでも自分自身と向き合うことでしか、本当に納得できる答えにはたどり着けないのだと、僕自身の経験から強く感じています。
まとめ:違和感は、自分自身と向き合うための大切なサイン
地方公務員として働く中で感じた、年功序列への違和感、給料の上がり幅の小ささ、そして同じことの繰り返しによる成長実感のなさ。これらの違和感は、僕自身が真剣に自分のキャリアと向き合っていたからこそ生まれたものだったのだと、今振り返ってはっきりと感じています。書き出してみると、決して特別な出来事ではなく、日常の中に潜む小さな違和感の積み重ねだったのだと、あらためて実感します。
安定した環境の中にいながら、心のどこかで焦りや虚しさを感じているという矛盾は、決してあなただけが抱えているものではありません。もし今、同じような違和感を抱えているなら、それは弱さではなく、自分自身の人生に真剣に向き合っている証拠です。当時、僕自身もこの矛盾をうまく言葉にできず、長い間もどかしさを抱えていました。
当時の僕は、この違和感とどう向き合えばいいのか分からず、長い間一人で抱え込んでいました。しかし、少しずつ言葉にして向き合っていく中で、「今の環境に違和感を持つこと」と「その環境を否定すること」は、必ずしもイコールではないのだと気づくことができました。違和感は、今の自分に何が足りないのか、これから何を大切にしていきたいのかを教えてくれる、貴重な手がかりでもあるのです。この気づきを得るまでには、それなりの時間と、自分自身との対話が必要でした。
この記事が、同じような違和感を抱えている方にとって、自分自身と向き合うための、小さなきっかけになれば嬉しいです。焦らず、自分の心の声に、正直に耳を傾けてみてください。その違和感の先に、あなたにとって本当に納得できる道が、きっと見えてくるはずです。 誰かと比べる必要も、無理に答えを急ぐ必要もありません。あなた自身のペースで、少しずつで構わないので、自分の心と向き合う時間を作ってみてほしいと思います。


